志の輔らくご 両耳のやけど4 井戸の茶碗-立川志の輔 [落語の話]
今、寄席で演じられるトリネタの中では、もっとも多く演じられている噺。他に「火焔太鼓」「寝床」「妾馬(めかんま)」「子別れ(下)」くらいまででしょうか。
志の輔さんの井戸茶は屑やの清兵衛さんが頑固な侍の間に入って右往左往する様を、実に漫画チックに描いて秀逸!「抜け雀」の旅館の間抜けな主人もそうだけど志の輔師匠の描く人物像はどこか似てるんですよ 勿論正統派?の古今亭一門や、井戸茶と言えば柳家さん喬師師匠等など演者も多いので聞き比べの楽しめる噺です。
特に登場する人達がみんな正直な人達で、間違いなく楽しい噺ですよ!
志の輔さんの井戸茶は屑やの清兵衛さんが頑固な侍の間に入って右往左往する様を、実に漫画チックに描いて秀逸!「抜け雀」の旅館の間抜けな主人もそうだけど志の輔師匠の描く人物像はどこか似てるんですよ 勿論正統派?の古今亭一門や、井戸茶と言えば柳家さん喬師師匠等など演者も多いので聞き比べの楽しめる噺です。
特に登場する人達がみんな正直な人達で、間違いなく楽しい噺ですよ!
立川談志プレミアム・ベスト落語CD集 「勘定板」「五貫裁き」-立川談志 [落語の話]
「五貫裁き」のマクラで志ん朝師匠の死に関し述べている部分が収録されてます。談志師匠独特の言い回しではありますが弔いの言葉でしょうね 収録は平成13年10月31日。志ん朝師匠が亡くなった日(13年10月1日)は師匠の代演で・・・その日は通夜にも行かず酒飲んだくれていたらしいですけど辛かったんでしょうね
そういえば馬生師匠亡くなった時も池袋演芸場で主任を務めていた談志師匠は落語を演らなかったらしく 客に野次られて「落語をやれ!」と言われたらしいけど「今日は演りたくないんだよ」と思い出話だけで終わったそうです。それを観ていたのが志らく師匠で3年後に入門するきっかけになったとの事。
ちなみに同じプレミアムベストシリーズの中で「やかん」では客に怒って落語を止めそうになる場面が収録されてます。善し悪しはありますが我侭な部分を含めて全てが家元だと考えれば貴重な収録でしょうね。
それにしても談志師匠は古今亭が大好きだったんだろうな~
そういえば馬生師匠亡くなった時も池袋演芸場で主任を務めていた談志師匠は落語を演らなかったらしく 客に野次られて「落語をやれ!」と言われたらしいけど「今日は演りたくないんだよ」と思い出話だけで終わったそうです。それを観ていたのが志らく師匠で3年後に入門するきっかけになったとの事。
ちなみに同じプレミアムベストシリーズの中で「やかん」では客に怒って落語を止めそうになる場面が収録されてます。善し悪しはありますが我侭な部分を含めて全てが家元だと考えれば貴重な収録でしょうね。
それにしても談志師匠は古今亭が大好きだったんだろうな~
うどん屋-柳家小三治 [落語の話]
『芝浜』 三年目の大晦日~サゲ~追い出し-古今亭志ん朝 [落語の話]
足腰のしっかりした狛犬じゃありませんか?一応重文指定です。鎌倉時代のものらしいです。対になる狛犬は次の写真です。
先日行った籠神社境内にあります。
落語の楽しみには同じ題材でも流派によっては異なった展開があるように、演者によっても人情話になったり滑稽話になったりする楽しみがあります。
また決められた寄席という時間の枠内で短縮された話と、ホール落語のような時間無制限じゃないけど最後までやり切る時の話でも随分受け止め方は変わります。
そんな聞き分けが落語の楽しみではないでしょうか。
さて、この「芝浜」現代では談志師匠のものが一番なんでしょうかね~。さん喬師、小三冶師、権太郎師、談志師含めて柳家の「芝浜」ですけどね。志ん朝師匠のは初めて聞きました。少し展開が違ってて、やっぱり落語は奥が深いですね
それにしても「酔っ払い」「皮の財布」[芝浜」のお題をいただき創作された三題噺。今の新作落語のSWAの会のメンバーが作ってるものの中から[芝浜」「鰍沢」に匹敵する古典が作り出されていけば面白いのですが
そうそう!林家たいへい師匠のSHIBAHAMAは現代風にアレンジされててかなり好きですけど如何でしょうか。是非聞いてみてください。
『化物使い』 マクラ-古今亭志ん朝 [落語の話]
こけ丸君だそうです
この「化物使い」と「堀の内」ともに前座噺ではありますが志ん朝さんの特徴が良く出ている話だと思います。
声の良さ、テンポ、そして気持ちいい江戸言葉!けっして今の地方出身の噺家さんでは駄目だと言ってるわけではありませんが志ん朝さんの育った環境はまさに落語の世界(貧乏・廓・芸)で父、兄、昭和を代表する大師匠が軒並み顔を出す夢のような世界だったわけで
古今亭志ん朝師匠昭和13年 五代目志ん生師匠の次男(長男は十代目金原亭馬生)として生まれ、名付け親は志ん生の師匠柳家三語楼が陸軍記念日にちなんで付けた名前だとか。
江戸前の落語家としてはサラブレッド中のサラブレッドですな!落語家ばかりは実力の世界なので世襲ではやっていけません。とは言え近頃?を付けられる噺家さんも数名見うけられますが名前負けしてほしくないですね
2001年10月1日に肝臓がんで亡くなるわけです。1973年に六代目円生、82年に正蔵(彦六)、馬生が亡くなってます。せめて志ん生の年(83歳)まで生きていてくれたら・・・
この「化物使い」と「堀の内」ともに前座噺ではありますが志ん朝さんの特徴が良く出ている話だと思います。
声の良さ、テンポ、そして気持ちいい江戸言葉!けっして今の地方出身の噺家さんでは駄目だと言ってるわけではありませんが志ん朝さんの育った環境はまさに落語の世界(貧乏・廓・芸)で父、兄、昭和を代表する大師匠が軒並み顔を出す夢のような世界だったわけで
古今亭志ん朝師匠昭和13年 五代目志ん生師匠の次男(長男は十代目金原亭馬生)として生まれ、名付け親は志ん生の師匠柳家三語楼が陸軍記念日にちなんで付けた名前だとか。
江戸前の落語家としてはサラブレッド中のサラブレッドですな!落語家ばかりは実力の世界なので世襲ではやっていけません。とは言え近頃?を付けられる噺家さんも数名見うけられますが名前負けしてほしくないですね
2001年10月1日に肝臓がんで亡くなるわけです。1973年に六代目円生、82年に正蔵(彦六)、馬生が亡くなってます。せめて志ん生の年(83歳)まで生きていてくれたら・・・